
崎陽軒は、銀座の街角で煙草のキャンペーンをしていたピース娘をヒントに、1950年8月15日、横浜駅ホームに「シウマイ娘」を登場させました。雨の日も風の日も晴れやかなコスチュームにたすきをかけ、20個入りのシウマイが入ったかごをさげてシウマイを売り歩くシウマイ娘はアッという間に"横浜の名物"として定着し、
連日さまざまなメディアで取り上げられるほど一世を風靡しました。「シウマイはいかがですか」という彼女たちの声が、まだ戦争の傷跡が残る街のなかに明るい火を灯したのです。
当時のシウマイ娘の活躍ぶりを伺わせる、こんなエピソードも残っています。なんと「シウマイ娘」が、1952年4月にスタートした毎日新聞の連載小説にヒロインとして登場したのです。この小説こそ後に文化勲章を受章する獅子文六氏の「やっさもっさ」です。シウマイ娘・花咲千代子と野球選手の赤松太助が、行き交う列車の窓越しに恋を語り合うロマンティックなストーリーが読者の注目を集め、「シウマイ娘」の知名度も全国へと広まりました。そして1953年、人々の間ですっかり人気者となった「シウマイ娘」が、いよいよスクリーンデビューを果たすことになるのです。
獅子文六(本名・岩田豊雄)氏(1893〜1969) 小説家・演出家。神奈川県横浜市出身。フランスに渡り演劇を学ぶ。帰国後、久保田万太郎、岸田國士らとともにその後数々の名優を輩出することになる劇団「文学座」を創立。 小説では、「やっさもっさ」のほか、「てんやわんや」も映画化された。
ラジオ落語、漫才にまで「シウマイ娘」が登場するほどの人気ぶりとなりました。そして、この「シウマイ娘」の人気とともに、崎陽軒の名も一躍全国に広がっていったのです。