■  1954年(昭和29年) シウマイ弁当 登場

初期のシウマイ弁当掛け紙  

昭和29年2月末、崎陽軒食堂から出火し休業となった。ここに横浜駅東口前にいつまでも戦後色の強いバラックマーケットを開いているわけにもいかないと、崎陽軒のシンボルを構築することになった。建設計画を練っている間にも、シウマイと並ぶ崎陽軒の二大製品が完成した。

「シウマイ弁当」の誕生である。酒悦の福神漬・横浜カマボコ・崎陽軒のシウマイ・・・この三つの有名品を主体にした弁当である。

故 戸塚文子さんが朝日新聞に寄稿した文には、「横浜駅といえば、まっ赤なシナ服姿のシウマイ娘をホームにくり出して宣伝戦を展開したせいか、知らない人はないという有名品。有名だけでなく、たしかにお値段に比べて味もいい。
~中略~ これをもって車窓の一食にかえるファンも大勢いるわりには、姉妹品のシウマイ弁当の方は案外見落とされている。こっちは幕の内風に握ったごはん付き、オカズの主役がシウマイという駅弁スタイルだ。
~中略~ 主役がデンとボリュームを確保するこんな弁当が喜ばれることだろう」