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■  戦後の昭和時代

1946年 横浜駅構内飲食店営業の許可を受け和洋食堂を開始。KY食堂と称す。 →詳細
1948年 株式会社崎陽軒食堂と合名会社崎陽軒を合併し資本金200万円株式会社崎陽軒を設立。
取締役社長に野並茂吉就任
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1950年 横浜駅にシウマイ娘が登場。
戦争の傷跡が残る横浜に明るさを取り戻そうと横浜駅ホームでシウマイ娘による販売が始まった。
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1952年 松竹映画にシウマイ娘登場。
毎日新聞に連載された獅子文六の小説「やっさもっさ」にシウマイ娘が登場。翌年映画化されると全国各地で上映された。
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1954年
(昭和29年) 2大名物シウマイ弁当登場 →詳細
1955年 ひょうちゃん登場
シウマイの折箱に添えられた醤油入れに漫画家:横山隆一先生によって目鼻が加えられ「ひょうちゃん」が誕生
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1955年 横浜駅前に鉄筋コンクリート3階建てシウマイショップ竣工
「横浜駅東口周辺を復興させたい」という願いと共に建設されたシウマイショップ1号館。総ガラス張りで丸いエレベータが当時の人々を驚かせた
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1964年 シウマイ自動包装機を採用  
1965年 野並茂吉死去
2代目取締役社長に野並豊 就任。

2代目社長 現会長 野並 豊
平成5年〜勲四等旭日小綬章受章〜
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1967年 真空パックシウマイ販売開始
遠くまで持っていきたいという消費者の要望に応え、保存性の高い真空パックシウマイを開発。いまでは一般的名称の「真空パック」という名称も崎陽軒が独自に発案したもの。
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1970年 郊外型レストランオープン
崎陽軒のレストラン事業本格参入の第1号店
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1975年 シウマイ製造工場(シウマイセンター)を建設
第3京浜・港北インターチェンジのすぐ脇に建設。シウマイの需要の拡大に対応し、品質向上と生産の合理化、効率化、省力化を実現した。
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1980年 横浜駅ビル・地下街に中国レストラン開店 →詳細
1981年 特製シウマイを開発・販売開始 →詳細
1985年 中華レトルト食品販売開始 →詳細
1986年 ヨコハマジャスト1号館竣工
旧本社ビル再開発の布石として地下2階・地上8階立て本社ビルを建設。現在も崎陽軒の中枢である。
 
1987年 調理人来社
中国上海新亜運営公司より招聘した
 

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