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■ 創業から戦前の崎陽軒

1908年 横浜駅(現在の桜木町)駅構内の営業許可
4代目横浜駅長であった久保久行は、定年退職後、知人であった高橋善一(後の東京駅長)の薦めで横浜駅構内営業の許可を妻久保コトの名で得た。

左:4代目横浜駅長久保久行
右:妻久保コト(旧姓・野並)

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1915年 横浜駅が平沼材木町に移転。匿名組合崎陽軒と改組。支配人に野並茂吉が就任

匿名組合崎陽軒
初代代表野並茂吉

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1923年 匿名組合を解散し合名会社崎陽軒を設立。(資本金20万円、代表社員:野並茂吉)

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1928年 横浜名物崎陽軒のシウマイを独自開発・販売開始。
中華街の突き出しとして出されていたシウマイに注目。点心の専門家「呉遇孫」を招聘してのことでした。

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1941年 横浜駅前支店を改組し株式会社崎陽軒食堂を設立。
取締役社長野並茂吉就任。

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